【TEAM au インタビュー】野口啓代 クライミング普及の手助けを
昨夏の国際大会を終え、スポーツクライミング界が新たなシーンへと突入した2022年、W杯シーズン開幕前の3月にTEAM auの各メンバーにインタビューを実施。競技を引退した野口啓代にはセカンドキャリアの現在、結婚などについて聞いた。
野口が語るTEAM auメンバーの魅力
まずは競技を離れた今の日々について教えてください。
「引退する前と後でガラッと変わりましたね。20年近くずっと大会に出続けて、次の大会に向けて準備をするというサイクルで生活していたので不思議な感じがします。引退した当初、何もお仕事がない日は何をしていいのかわからなかったです(笑)」
今年2月のボルダリングジャパンカップ(以下BJC)、リードジャパンカップには解説者として参加されました。
「とても楽しかったです。今まで周りの選手やトレーナー、コーチと話していたことを、そのまま解説でも話すといった感じで。私はゲスト解説だったので、初心者の方向けのルール説明などはお任せして、長く競技に出ていた私だからこそ知るコアな内容をしゃべることができればと意識していました」

以前から、競技引退後はTEAM auのメンバーの魅力も伝えていきたいと口にされていました。4選手それぞれの魅力や特徴を、彼らをあまり知らない方に向けて紹介していただけますか? まずは楢󠄀﨑智亜選手(25歳)からお願いします。
「彼は世間的にはコーディネーションが得意とか、空中感覚がいいという説明をされがちなんですが、毎年苦手なところを潰していて、常に研究熱心な一面があります。強くなることに貪欲な選手だと思います。今シーズンは念願だったBJCでの優勝を果たしました。世界選手権で2回頂点に立ち、なおかつ国内でもしっかり結果を残す。年齢的にも経験値的にもベテランの域に入ってきて、より厚みのある選手になっていると感じています」
続いて智亜選手の弟で、22歳の楢󠄀﨑明智選手について教えてください。
「彼は身長が高く、手足も長くて日本人離れした体格を持っています。なので、日本人選手の中でも世界で戦いやすいことが一番の武器ではないでしょうか。同じ競技をやっている兄弟がいることで比較されがちであったり、『追いつこう』という気持ちで自分を見失いがちになったりする選手もいると思うんですが、きちんと自分のことを理解して、前を向いて頑張っている印象があります」
昨年の世界選手権でボルダリングを制した藤井快選手(29歳)は?
「ボルダリング、リードともに常にトレーニングし続けていて、両種目とも強いオールラウンダー。いつ大会があっても成績の波が少ない、安定した選手だと思います。性格的にはとてもストイックで、練習を見ても1つ1つのトライに対して非常に考えながら取り組んでいます。彼にはパワーだけではない魅力もあって、ユース世代のお手本になるような選手だと思います」
最後に、今年4月に20歳を迎える伊藤ふたば選手について教えてください。
「もともとはボルダリングがすごく得意な選手なんですが、今シーズンはリードに力を入れている印象です。2年後の大きな国際大会に向けて、両種目ともバランス良く頑張っています。また女子選手の中でも抜群に体が柔らかく、他の人が登れないような課題でも彼女だけが登れるといった力も備わっていますね。彼女のことは本当に小さい頃から知っているので、常に気になる存在です。ボルダリングのW杯では最高順位が4位なので、今シーズンこそは表彰台に乗ってほしいですね」

2016年のTEAM au発足以降、メンバーに名を連ねる野口さんは、今後もその一員として活動していくそうですね。
「競技を引退したにもかかわらず、今シーズンも所属させていただけるのは本当にうれしいことでびっくりしている部分もあります。クライミングを普及していきたいという私のセカンドキャリアの考えをauさんに賛同していただいているのかなと思いますし、これからもauさんと一緒にクライミング界を盛り上げられるような活動ができたらとてもうれしいです」
auと言えば、茨城県の野口さんの実家でボルダリング、リード、スピードの3種目の壁がそろう施設の建設をサポート。「au CLIMBING WALL」として完成し、今年5月で丸2年を迎えます。
「最初の頃は、コロナ禍で民間のボルダリングジムが営業していない時に集中してトレーニングできる最高の環境というような位置づけだったんですが、最近では日本代表合宿のトレーニング場所として利用されたり、楢󠄀﨑兄弟やスピード専門選手たちにも活用してもらったりしています。
代表合宿では『ここで登るのが憧れでした』『夢でした』みたいなことを選手から言ってもらえました。『au CLIMBING WALL』がトップクライマーやユース世代の子たちの憧れの場所になっているんだということを知れて純粋にうれしかったですし、これからも多くのクライマーに来てもらえるような環境でありたいと思っています」
仕事も、プライベートも充実。今後は指導やW杯招致も視野に
あらためてとなりますが、楢󠄀﨑智亜選手とのご結婚おめでとうございます。結婚による変化はありましたか?
「ありがとうございます。籍を入れたくらいで私たち自体の変化はあまりなかったのですが、昨年12月に結婚発表をさせていただいた時に周りの方々がとても喜んでくれて、そっちのほうが変化だったというか、驚きましたね(笑)」
先日のBJCでは、智亜選手が野口さんからの「このままでいいの?」という言葉で「気合が入った」と話していました。大会中に声をかけることはよくあるのでしょうか?
「基本的にはあまりかけないようにしています。やっぱり本人の力で勝つのが一番だと思っていますし、私はW杯に全戦ついていくわけでもないので、基本的には本人が判断することだと考えています。ただBJCはたまたま私も解説で現地に行っていて、本人が気合を入れて優勝を狙っていたことを知っていた中で予選があまり良い内容ではなかったので、ここまでやってきたことと当日のパフォーマンスとの間にギャップを感じて思わず言ってしまいました(笑)」

昨年には智亜選手、明智選手、池田雄大選手とのYouTubeチャンネル「TAMY Climbing Channel」を開設されましたね。
「もともとは智亜と池田くんが撮影や映像編集が好きで始めたチャンネルなのですが、たくさんの方々が観てくださっていて、登りたいって思ってくれたり、上達したいというモチベーションを維持してくれたり、みんなのイメージが少しでも良くなって、 ファンになっていただける方がいると思うと、とてもやりがいがあります」
印象に残っている企画はありますか?
「懸垂を何百回もやったり、他の選手との対決をやったりと、私たちのチャンネルでウケの良い挑戦系企画でしょうか。あとは鹿児島の岩場に行った際の映像をこれから公開する予定なのですが、ロケーションがとても良く、YouTubeのメンバーが初めて勢ぞろいする岩場の遠征ということもあってとても楽しかったです。『見たい』とよく言われる、私が登っている様子も入れる予定なので(笑)、ぜひこれからもみなさんに楽しんで観てもらいたいです」
メディアやイベント出演で多忙な日々を過ごしていると思いますが、今はどれくらいの頻度で登れていますか?
「実家の壁で登ることが多いのですが、忙しい時はまったく登れなかったり、反対に少し落ち着いている時は連日登れたりということもあるので、その時々によりますね。さすがに現役の時より頻度は落ちていて、鹿児島で岩を3日連続で登った時は久しぶりに指皮が少なくなって出血もしてしまいました(笑)」
仕事以外での息抜きと言えば何でしょうか?
「むしろ今はお仕事のない時に登っていることが楽しくて、それが息抜きになっています。先ほども言ったようにいろんな選手が実家に登りに来てくれるので、彼らの登りを見たり、課題を作ったりして一緒に登るなど、選手同士ではない関係で互いにクライミングを楽しむ時間が私にとっての癒しの時間でもありますね」

3匹の愛猫もなくてはならない存在なのではないでしょうか?
「そうですね。サイベリアンを2匹、マンチカンを1匹飼っています。昨夏の日本代表選考前の2018年、当時は家に帰っても『何のトレーニングをしよう』とか、『大会大丈夫かな?』とか、そういうことばかり考えてしまってオンオフの切り替えが全然できなかったんです。どこに行っても選考大会についての話が出たり、『野口啓代』を知っている方がいたりしたので、ずっと自分の理想像でい続けることに疲れてしまった時期があって。そこでクライミングを忘れさせてくれる存在がいたらいいな、ということで猫を探し始めました。サイベリアン2匹から飼い始めたのですが、そういうことを一瞬でも忘れられて、本当に助けられました」
初めにサイベリアンを選んだ理由は何だったのでしょうか?
「大きい猫を飼いたいと思っていて、サイベリアンが童顔で人懐っこく、子どもの頃の年齢が長いということを知って、自分の飼いたい猫にぴったりだなと思って選びました」
長毛種のサイベリアンは日頃のケアも大変ですよね?
「少し抱っこをしたり、服とかを置いておくだけでも毛だらけになるので、服の毛を取ったり部屋の掃除をしたりすることのほうが大変ですね(笑)」

最後に、今考えているこれからの活動について教えてください。
「引き続きクライミングの普及をしていきたいというところで、自分のこれまでしてきたことを整理して、また勉強もして、子どもたちに教えるアカデミーのようなものを開きたいと考えています。ケガをせずに楽しくクライミングを続けてほしいという気持ちが強くて、それはなるべく早く始めたいと考えています。それとW杯に何度も出場したことで自分が成長できたと思っているので、大好きなW杯を日本に招致する活動に携わりたいとも思っています。これまで自分は選手として行く側だったので、いろいろと勉強させていただきながら、今度はおもてなしする側になりたいですね」
日本のクライミング界をどのようにしていきたいですか?
「まずは日本人選手に成績を残してほしい。クライミングを応援してくださる企業の方々やファンの方々がいないとクライミング界はなかなか前に進めないと思うので、そのためには日本人選手が世界で活躍することが大事だと思っています。私はTEAM auの選手のサポートや魅力をお伝えすることを通じて、多くの方がクライミングに興味を持つ手助けをできたらと思っています」

※掲載内容は2022年3月時点の情報です。